チコの二日酔い日記

girlsbarch.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:家族( 35 )

入学おめでとう




一週間ぶりの日記です(^^;;
二日酔いもなく、平坦な日々でした。

身内事ですが、姪っ子高校入学!!



e0185530_01313159.jpeg



高校生にふさわしい、お手頃価格の時計を
お祝いに買ってあげた。

森ノ宮にある女子校で、堺から遠いのに、 
制服が可愛くて気に入ったのと、
名前さえ書けば入れるのが志望の理由らしい。

男子校や女子校がどんどん減っていく中で、
どうしてあえて女子校を選択するのか、
私にはまったく理解できない。

一緒に下校したり、調理実習で作ったお菓子を
あげたり、でけへんねんで?と言うと、
「同い年くらいの男、めんどくさいもん!」
と言われた。ク〜ル!

そういえばゴンタも私立の女子校に行った。
男子がいなくても全然楽しそうだった。
(文化祭に行った時は本当に女子ばっかりで
くらくらした。不思議な世界。)

私が高校時代の女子校のイメージは、
男欲しさで常に欲情している女達、だった。

実際、バイト先で友達になった女子校の
子達は、それはそれはすごかったから。

彼女らは化粧も完璧に服装も大人びていて、
夜な夜なナンパされにディスコに通い、
共学うらやましいわあ!男紹介して!と
しょっちゅう言っていた。

とても刺激的で面白い子達だったけど、
私は女子校は可哀想な所であり(男子校も)、
いびつな雰囲気であり、同性しかいないのに
逆に不健全だと勝手に解釈していた。
(パンコの学校とか言われたりして。

それに比べたらゴンタはおっとりしていて、
実に健全な女子校生活だったと思う。
姪っ子も、私の知らない女子校ワールドを
エンジョイしてくれると、
叔母は願っております。

それにしても今時、あの学校パンコの
集まりやで、とか聞かないですねえ。

今もあるのかなあ。









[PR]
by meruchiko | 2018-04-08 00:00 | 家族 | Comments(0)

シューカツ…それ食べ物?




e0185530_04161269.jpeg



お久しぶりです、わたしお気楽ゴンタ君です。

お気楽な大学生活もあっという間であと一年、
とうとう就職活動とゆーものが始まりました。

先日ユニクロで母に買ってもらった、
安っいリクルートスーツに身を包み、
いろんな企業に面接に行くのでございます。

うちの母はシューカツとゆーものを経験して
いないので、わたしの話をほとんど理解して
おりません。

えっ、面接って何回もやるん?嘘やろ?とか、
一般職と総合職て一体何がどう違うの?とか、
面接受けるのって、お金かかるの?と
今日も聞かれ、本当に何も知りません。

レナウン受けるねんと言うと、
それは昔CMで知ってるわ!
と、歌い出しました。

これからお前をレナウン娘と呼ぶ!
と笑われ、そしてレナウンやったら、
テイジン受けろ!と偉そうに言われ、
中途半端に有名企業は知っているようです。

わたしの希望は、自宅から通えて転勤なし、
大企業すぎず、こじんまりすぎず、
わたしの身の丈に合った会社です。

母はダイキンとか旭化成とか富士通とか、
誰でも知ってる有名な会社に就職してほしい
と言うけれど、それって結局人に自慢したい
だけで、ママの株が上がるわけでもないのに。

あげくの果てに、就職したら酒飲みの上司と
仲良くなって、店に連れてこいと無茶言う。

いつかそんな日が来るのか来ないのか、
まったく先は見えませんが、早くシューカツ
終わらせてお気楽になりたいと思います。







[PR]
by meruchiko | 2018-03-13 00:00 | 家族 | Comments(3)

娘の恋愛



e0185530_02512530.jpeg
↓ゴンタがタロちゃんによく作ってあげると
いう『カオマンガイ』。
私は一度も作ってもらったことありません。





私とゴンタは完全にすれ違いの生活をしている。
たまに家で会うと、久しぶり〜と言う。

タロちゃんが学校のすぐ近くで下宿している
ので、テストやレポートの時は、
タロちゃんの家に泊まり込みで帰ってこない。

学校が遠いので、最初はそれもしかたない、
と思っていたけど、最近は普通に帰ってこない。

やっと帰ってきた、と思ったらタロちゃんを
連れて一緒に帰ってくる。

とにかく彼と時間がある限り一緒にいたい、
という気持ちはわからないでもないけど
(というよりも、ものすごくよくわかるけど)
お前らはちょっとでも離れたら死ぬんかい!

タロちゃんとつき合って1年くらいなるん?
と聞いたら、まだ4ヶ月だった。

タロちゃんと喧嘩したことあるん?
と聞くと、1回もない、という。

そう、ゴンタが怒っているところを私は
ほとんど見たことがない。

確かに私の娘なのに、瞬間湯沸かし器みたいな
私と違い、ゴンタは京都銀行くらい気が長い。

というより怒、という感情を私の中に
置き忘れて生まれてしまい、喜哀楽、
しかないというくらいおっとりしている。

タロちゃんもおだやか村の村民、
という感じのほわほわした男の子なので、
この二人は争うことがないのだろう。

男とすぐ喧嘩ばっかりする私からすると、
ホンマに私の娘か?と言いたくなるけど、
つまらん喧嘩をしなくてすむのはいいことだ。

ゴンタの理想の結婚は、学生時代から
つき合った相手と結婚することらしく、
私はタロちゃんなら「おかあさん」と呼ばれて
もいいと思っている。

もはやゴンタにほとんど何もおしえて
あげられることがない私。
(本当にない… 他の親は一体どうやって
年頃の子供を育てているのだろう?
日々子供と何を話しているのだろう?)
大学のシステムも私はちんぷんかんぷんだし、
就職活動もしたことがないからわからない。

振り返ってみたら、私が21歳の時には
すでにゴンタが生まれていたけど、
ゴンタと比べると当時の私はアホすぎて、
情けなくて思い出すのも辛い。

ゴンタは普通のことを普通にちゃんとしてて、
偉いなあ、と思う。
(夜な夜な道端に立って、お兄さん飲み屋いかがっすか〜、
とか声をかけてくる女にならなくて本当によかった。)

しかしぐれずに割とまっすぐ育ったゴンタも、
これから人生がどうなるかなんてわからない。

変な男にトチ狂うかもしれないし、
一生結婚しないかもしれないし、
こっぴどく裏切ったり裏切られたりして
絶望する時がくるかもしれない。
人生はロングでワインディングなロードだよ。

でもママはタロちゃんと結婚したら
うれしいです。タロちゃん推しです。
お幸せに。






[PR]
by meruchiko | 2017-07-31 00:00 | 家族 | Comments(3)

カエルの子



e0185530_03353426.jpeg



緑橋駅からすぐ近くに見つけたインド料理屋。

インド料理屋(またはネパール料理屋)って、どこの町にもあるなあ。
吉田村でも3店あった。

なぜかどこも店内の装飾は似通っていて、店員のインド人(かネパール人)の接客も陽気で親切というところが共通している。
メニューも値段もほとんどどこも同じである。
要は、インド料理屋は当たり外れが少ない。

緑橋のこの店は先日、ゴンタに誘われてランチで行った。
ゴンタはインド料理が好きだ。
私も好きだけど、最近はナンを全部食べきれない。

城東区に引っ越して1ヶ月が過ぎたが、ゴンタとご飯を食べたのはこのインド料理を含めてたったの2回。

お互いの生活サイクルが違いすぎて、同じ家に住んでいても、まず顔を合わすことがない。
たまに朝、トイレで起きた時など、私は寝ぼけてるから挨拶程度で終わってしまう。

しかもゴンタは、京都の大学が遠いということにかこつけて、週に2回は大学近くの下宿生のマンションに泊まっている。

(ここで、そんなもん母親は知らんだけやで、男と泊まってるんやで、という声もあるだろうけど、これが残念ながら本当にサークルの女子友達の所に泊まっている。男っ気の無さに逆に母は心配である。)

先日、生野に住むミサちんとランチしながら、お互いの娘の話になった。

ミサちんは、一体今までの自分の子育ては間違いだったのかもしれない…!と落ち込むほど、長女(ゴンタの一つ下・今年20歳)の生活態度に頭を悩ませている。

話を聞いたら、娘の言動において腹立つ・ナメとる・理解不可能…エトセトラ…がお互い本当によく似ていて、娘の悪口大会で盛り上がった。
(もし今ゴンタとミサちんの娘が会ったら母親の悪口大会で盛り上がること間違いなしだと思うけど。)

私ら昔々高校時代から、こうして喫茶店で恋愛や将来の不安やどうしようもない愚痴ばっかり言って、うだうだしていたけど、齢40も超え、ついに話題は娘の悪口だ。

自分の20歳の時のことは棚に上げている。
当たり前だ。私らもっとひどかった。

携帯を肌身離さず、勉強も家のこともせず遊びまくり・酒飲みまくり・口ばっかり。
何か話があると思ったら金のこと。
あげくの果てに母親を小馬鹿にしやがる…!
くそー(T_T)

いつか結婚して子供ができたときに、私らの有り難みをわかれよー!

その時まで、のほほんと生きとけー!








[PR]
by meruchiko | 2017-04-18 00:00 | 家族 | Comments(2)

父 誕生日



3月27日は、亡き父親の誕生日だった。

何度かこのブログで父親のことを書いているけど、私も年を重ねる毎に、早死にした父に対して思うことも変わりつつある。

時が流れ時代も変わり、自分も年を取ったのだなあと実感する。

昨年見た映画『葛城事件』の三浦友和演じる超、亭主関白なオヤジのごとく、うちの父も間違いなく昭和ドストライクの男だった。

父親不在といわれ、父親の存在感が薄い今日この頃、父は圧倒的な存在感を持っていたように思う。

小さい頃は父が仕事から帰ってくると、玄関までおかえりなさい〜!と飛んでいくくらい嬉しかったのに、年頃になると父が家にいるとカサ高く、いない時はみんなどことなくのんびりしていたように思う。

子煩悩・家族思いで、一家の大黒柱としての責任感は強いが、それはハリボテで一皮剥くと精神はもろく、金もないわ現代よりも多彩な娯楽も少ない時代だったので、父は酒に溺れるしかなかった。

漫画みたいに母に茶碗を投げて泣かせているのを見たし、私達も家でも外食先でも行儀が悪いとブチ切れられ、お前の教育が悪い!と結局怒られる母が可哀想で、怒った時の父は本当に怖かったし嫌いだった。

もし父が今の時代に生きていたら、バブル崩壊・ネット社会・少子化・共働きは当たり前・家事分担・イクメン男子・モラハラ・家庭内別居・熟年離婚など…あの父はいったいどう生き抜いていただろう。

ケータイやパソコンをつかいこなし、料理や家事を手伝う父の姿がどうしても思い浮かばない。
日本酒ではなく、発泡酒や酎ハイを飲む父が想像できない。
テレビで相撲でもなく野球でもなく、サッカーを観る父も違和感がある。

とにかく野球と相撲が好きで、将棋と山登りが趣味で、酒と煙草と納豆と食パンが好物で、母と子供さえいれば幸せだった人だったのだから。(と私は思っていたけど、どうだったのだろう?)


父が死んで30年。

先日、弟の家に行った時、相撲の決勝を必死に観ている弟を見て(しかも気持ち悪いくらい詳しい)、父の一部がしっかり受け継がれていることを確認した。

酒好きはナリが継承し、私は間違いなく頑固でハリボテで強がりの昭和の女だ。

まあしっかりと生きていきます。

お父さんはあの世でおじいちゃんと温泉でも入って、酒飲んでゆっくりしといてください。


















[PR]
by meruchiko | 2017-03-27 00:00 | 家族 | Comments(0)

成人式ビジネス



e0185530_01505500.jpeg


ゴンタは来年、成人式を迎える。

やつもなかなかの童顔で、どう見ても高校生にしか見えないけど、
今年の誕生日で二十歳になった。

そして成人式といえば女子は振袖である。
私も着た、21年前に。

それはもちろんレンタルで、当時私はすでに水商売で働いていたので、自腹でレンタルして着た。
(たぶん一式で7万くらいだったと思う。)

着たくもなかったけど周りが皆着るというし、
選んだ着物は渋めでちっとも似合ってなくて、今も写真を見たら笑える。

ゴンタの周りは母や姉のお下がりを着る子もいるみたいだけど、
私が振袖を持っているはずはないので、ゴンタと今年の春に
着物のショールームみたいな所に行った。

ゴンタは買い物でもメニューを決める時でも迷わない子なので、
一撃で着物を決めてくれて楽だった。

友近ばりにしゃべりが達者なお姉さんが担当になり、説明を受ける。

振袖はざっくりと新品買取・レンタル・新品レンタルの3種類のコースがあり、
新品レンタルというのは、ゴンタのために新しく着物を作る。
が、成人式が終わると直ちに返さなければいけないというもの。
私の時はそんなシステムはなかった。

新品買取は何と言っても高い。
レンタルは安いけど着古された着物だ。

そこで新品レンタルは、買取の半額の値段で、新しい着物が着れるという。
それええな。それにしますわ。

それでも結構な値段でびっくりしたけど、ゴンタのためならエンヤコラ。

そして本当に何でもそうだけど、オプションなど良いものを選んでいくと、 どんどん高くなる。

友近はまず安い方を見せて、後から良いものを出してくるのだ。腹立つ。

そして皆さんご存知でしょうか?
今の時代は皆、成人式の日に写真屋で撮るのではなく、
成人式までに一度振袖を着て『前撮り』をするのだという。
私の時はそんなシステムはなかった。

この新品レンタル着物代金一式に、写真スタジオでの前撮りも含められており、
今日、朝から前撮りに行ったというわけです。

着付け・ヘアセット・メイクの間、私は入ることができず、
1時間ほど待たされ、やっとゴンタが登場した瞬間、一瞬声が出なかった。

何というか…親バカでしょうけど…
ゴンタはびっくりするくらい可愛いかったのだ。
プロのメイク…恐るべし…。

それからスタジオで写真撮影が始まった。
立ちポーズと座りポーズの2枚セットの一番安いやつ、と以前に
友近と決めたのに、何やらそれ以外にも色々な写真を撮るという。

そんなんいらないんですけど…と言うと、
いえいえお母様、これは後から見てもらって、 
気に入ったお写真がありましたら、というものですので撮るのは無料でございますよお母様。

ユニバのジェットコースター的なシステムやな…これはついつい買ってしまう恐れがあるかも。)

それからゴンタはモデルのように調子にのって写真を撮りまくられた。

ママが見てたら笑てまうから視界に入らんといて、と言われ(→ひどい)
私はごそごそ移動しながらこっそりゴンタを見ていた。

傘や手毬を持たされ、バックスクリーンが黒になり星になり花になり、
カメラマンの言葉攻めでゴンタは上を向いたりうつむいたり。
なんだか楽しそうだ。

私の時はこんなシステムはなかった。
当時スタジオアリス的な写真屋などなく、町中のしょぼい写真屋で、
普通の写真を撮っただけだった。

撮影がやっと終わるとゴンタとパソコンに座らせられ、すべての写真を見た。全54枚。

「…これ全部買います!」
どの写真も、ゴンタは見たこともないくらい恐ろしく可愛く写っていた。

これ詐欺やんなあ!とあまりのクオリティにゴンタと驚き笑っていると、

「いえいえお母様、全部買うとすごい値段になります。」
「え?おいくら?」
「1枚6千円ですので。」
は?!アホか。いりません。

「いえいえ、お母様あせらず…1枚ずつ買うと高いんですけどね、
今からご説明させていただきますね。」

それからCDデータと何種類ものアルバムのセットの値段と説明で、
私は椅子から転げ落ちそうになり、でもこんな可愛いゴンタはもう
一生見れないかもしれないという葛藤と、なんでそんな高いねん!
という成人式ビジネスへの怒りで頭がぐちゃぐちゃになり、
結局カード2回払いで切りました。

こいつらは親心ってやつを完全に…くそぅ…涙。
私の時はこんなシステムはなかった!





[PR]
by meruchiko | 2016-11-21 00:00 | 家族 | Comments(2)

もう秋じゃあ



e0185530_20355344.jpeg




わあい(^-^)/ 初月見!!
…なのに二日酔いすぎて残してしまった。

しかし最近の私は酒癖の悪さがハンパない(前から?!)。

昨日も酔っ払って家に帰ってゴンタを叩き起こし、
憶えてないけどかなり悪態をついていた。

朝まで攻撃的かつネガティブ思考のスパイラルにはまり続け、
ようやく寝れたと思ったら、ものすごい落雷の音で飛び起きて、
ゴンタと二人で怯えていた。

あの雷はきっと私に落とされたのだ。

昨日ごめんねって言ったら、ええよ、バイトがんばります。
と言ってくれ、ええ子じゃあ。

バカな母をゆるしておくれ…。





[PR]
by meruchiko | 2016-09-08 00:00 | 家族 | Comments(0)

まだ信じられないけど



e0185530_00085851.jpeg


昨夜は一睡もできず、朝からナリと弟とおじいちゃんの家に行き、
おばあちゃんの無事を確認し、おじさんと話をした。

弟もほとんど寝ていないと言っていた。

5月24日、享年93歳。
おじいちゃんの生前からの希望通り、
心筋梗塞で苦しまずぽっくりと亡くなったらしい。

おじさんは穏やかで、どこかインテリジェンスというか、
ストイックそうな雰囲気のある人で、だから何を考えてるのか
よくわからないのだが(うちの弟はおじさんの持つ雰囲気と少し似ている。)
昔からそのままの丁寧な話し方で経緯を説明してくれた。


おばさんや私たちに連絡しなかったという理由は、
昨日の今日初めて知ってまだ錯乱していた私には到底納得できなかった。

生前おじいちゃんが密葬にしてほしい、
誰にも言わず迷惑をかけることなく葬ってほしい、
とおじさんに頼んだというのだ。


やはりそうきたか…。だけどそれが?
だっておじいちゃんはいつもそんな人でしたよ…。

小さい頃は来たかー!と喜んで出迎えてくれたけど、
晩年は私たちが会いに行くと電話しても、来なくてもいいと言ったり、
行ったら行ったで早く帰りと言われ、私たちは戸惑った。
それはおじいちゃんの強がりでもあり本心でもあった。
私たちに、いつもありがとう、来てくれてありがとう、
迷惑かけてすまん、お世話になって申し訳ない、と繰り返していた。

たとえおじいちゃんが本当にそう言っていたとしても、
最期にみんなで集まって冥福をお祈りするのと違いますか。
おばさんなんて、娘ですよ。
昨日電話で親の死に目に会えなかった、って泣いてはりましたよ…。

お葬式の意味をわかってますか。
お葬式は死んだ人だけのためではない。
現に私たちはおじいちゃんが死んだという実感もない、
この家におじいちゃんがいないことがまだ信じられない。
残された者の気持ちの区切りをつけるためもあるのではないか。

私がぼそぼそと話すのを、おじさんは黙って聞いていた。
だけど最後に、ご自分の判断は間違ってなかったと思いますか?
と聞いたら、はい。と言われた。

ただただ父親の遺言を尊重し、全うしたというかんじだった。
それは自己満足ですよ…と私はうなだれた。
それ以上もう何も言えなかった。

悪気や悪意が全くなかったのはわかる。
私はおじさんの人格も知ってるから、それはわかる。

だけど私はただ、最期に会ってありがとうと言いたかった。それだけなのに。




納得できないから今日一日中そのことについて考えていた。

今になって少し落ち着いたら、それぞれの立場や事情もみえてきて、
私なりに腑に落ちた(そう思わないと落とし所がない)ところもある。

私たちは孫であり、おじいちゃんから無償の愛を受けた。
私も無条件でおじいちゃんという存在を愛していた。

それは子が親に対しての気持ちとは、当たり前だが、
また違うのものだ。

今私が悔やむのは、今年に入って会いに行かなかったこと、
弟もナリも同じ気持ちだ。

もっと会いにいけばよかった、もっといろんな話を聞いとけばよかった。
申し訳ない気持ちで情けなくなる。

いつ死んでもおかしくない年齢だったのに、なぜかいつまでも
生きると思い込んでいた。

おじさんはその覚悟ができていたのかもしれない。

知らせてくれなかったのは本当に残念だったけど、
これからはお墓に行けば会えるのだし、
心の中にはおじいちゃんとの良い思い出がいつでも、たくさんある。
そう思うようにした。


今頃あの世でお父さんと会えたかな。
いろいろ話してるかなあ。

おじいちゃん、本当に大好きだった。
几帳面で真面目で心配性で苦労人で、気丈な人だった。

心からご冥福をお祈りします。
しょっちゅうお墓に行くから。待っててね。










[PR]
by meruchiko | 2016-07-25 00:00 | 家族

なんで まだ信じられない




明日日曜日は弟たちとお墓参りに行くことになっていた。

その帰りに玉造のおじいちゃん家に行くつもりだった。

今年に入ってお墓もおじいちゃん家もまだ一度も行けていなくて、
ずっと気になっていた。

明日行くことを伝えようと、お昼過ぎにおじいちゃん家に電話した。
出ないので、夕方に再び電話したが出ない。

少し気になって、和歌山の山奥に住むおばさん(父の姉)に電話してみた。

言うてええんかなあ、と言うので、一瞬嫌な予感がし、
言うてくださいと答えると、アボジな…と泣き出すので、
おじいちゃん入院してるんですか?と聞くと、
信じられない答えが返ってきた。

おじいちゃんは5月24日に亡くなったというのだ。
一瞬意味がわからない。

おばさんも泣き出すのと私も頭がぐるぐるになっているのとで、
なかなか話の要領を得ないのだが、こう聞いた。

おばさんがおじいちゃん家に何度電話しても出ないので、
心配になって今年の5月末に大阪に来た。

するとおじいちゃんはすでに死んだ後で、
葬式も終えていたというのだ。

おじいちゃん家の近くにはおじさん(父とおばさんの兄)が住んでいる。

このおじさんは、おばさんに何も伝えず(もちろん私にも)
葬式をすませ、骨はおじさんの家に置かれてあったという。

電話の向こうで、私も何も聞かされてなかったんよ、
アボジの死に目にあわれへんかったんよ、と泣くけど、
私はまだ理解できていない。

今おばあちゃんはどうしてるんですか?!と聞くと、
それがわからへん、電話しても出やん、心配で心配でしかたがないので、
ほんまにちょうど明日、大阪に行こうとしていたところに、
私から電話が鳴った、これも何かの…何かの…やね…
おばさんは何と言ったんだっけ。

この電話をしたのはナリと夕方、出勤途中の車の中だった。

明日朝、おばさんと落ち合っておばあちゃんの様子を見に行くことを
約束し、電話を切った。

駐車場に入れて店まで歩きながら頭を整理しようとした。

おじいちゃんが死んだ。
死んでいた。もうすでに骨になっている。知らされずにいた。
おじさんなぜ知らせてくれなかったのか。
なぜ知らせないでおこうと判断したのか。
5月24日。2カ月前。
何も知らずに笑って過ごしていた自分、
今年に入ってなぜかまだ一度も会いに行かなかった、
気になっていたのに、いつでも行けたのに、会いに行かなかった。
私は一体何をしていたのだ…!

喉から手を突っ込まれて、心臓を握りつぶされたような気持ちになった。

夜は高校時代の友達らと食事の約束だった。
店に着いてしばらく動けず、よほど断ろうかと考えたけど、
友達と会って普通に仕事をしたほうが良いと考えて、
ごはんを食べて友達も店に来てくれ、わいわい飲んで、たすかった。

とりあえずおじいちゃんのことは忘れた感じで過ごせた。

明日朝おばさんと一緒におばあちゃんの無事を確認したら、
おじさん家に行って、おじいちゃんに線香をあげにいく。

なぜ知らせてくれなかったのか、真剣におじさんに聞きたい。

おじいちゃん、まだ信じられない。
最期に会えなかった、会いたかった。
もっと生きていてほしかった。
本当にごめんなさい。













[PR]
by meruchiko | 2016-07-23 00:00 | 家族 | Comments(0)

楽しくも不経済な我が家



e0185530_19230358.jpeg
↓アイコス、始めました!!マズイ!!





東大阪市・吉田村に住み着いて早20年。

いろいろな理由で引越しできず、今に至りますが、
とうとう真剣に考えております、吉田脱出。

心斎橋まで電車のアクセスはいいけれど、帰りの交通費が高い。

ゴンタも京都の大学に通っており、毎日遠い遠いと文句を言いながら
2時間かけて通っている。

私は高校生くらいからずっと賃貸マンションに住んでいるけど、
マンションというのは便利だし気楽な暮らしである。
が、そろそろ地に足をつけて自分の家を考えようと思っております。

今同じマンションに3軒借りていて、みんな寝床はバラバラ。
しかしなぜかうちの狭いリビングに皆集まってくる。

皆うちの冷蔵庫のものを食べ、うちのテレビですべて録画予約し、
うちのテーブルで勉強し、うちのベランダでタバコを吸い、
これでもかとくつろいでいる。
3軒も借りているのに。

家賃も安いとはいえ3軒分、とても不経済な暮らしを
何年も続けているわけです。
大蔵省の私としては、どないかせんといけん!
と、常々思っていた。


というわけで、吉田脱出。
今年中くらい目標で、この準工業地帯・吉田からおさらばするのだ。

パチンコ天国・吉田、日本一長い公園のある吉田、
打ちっぱなしの球が異常に安い吉田、生駒山が綺麗な吉田。

住み慣れ、思い出もたくさんある吉田だけど、
新たな生活、どこに住むことになるのか、とても楽しみであーる。








[PR]
by meruchiko | 2016-06-13 00:00 | 家族 | Comments(2)