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森本文子ちゃんの話(長文です)




20歳からの友人の森本文子ちゃんが、この連休に死んでしまった。

今日亡くなったんよー。
と、和歌山の文子ちゃんのお母さんから電話があり、びっくりしすぎて今だに涙も出ない。

先日引っ越しの片付けで、文子ちゃんの手紙や写真を見たばかり。

私と同い年なので42歳。
平均年齢の半分も生きてない。早すぎる。
もうずいぶん会っていなかった。
会いに行かなかった。

彼女とは20歳の頃、病院で出会った。
お互い妊婦だった。

その産婦人科では様々なマタニティ教室が行われ、マタニティエアロビクスで唯一、年が近かったのですぐに友達になった。

文子ちゃんは色が白くて綺麗な顔立ちの子で、妊婦と思えないほど細かった。

片耳に8個くらいずつピアスをしていて、当時は多い方で、足首には小さなタトゥーが入っていた。
ピアスもタトゥーもすべて自分でやったと聞き、最初私はちょっと引いたけど、しゃべると普通の穏やかな優しい子だった。

私達は急速に仲良くなり、ご飯を食べたりお互いの家に行ったりするようになると、文子ちゃんはやっぱりちょっと普通ではなくヘビーな人生だった。

旦那はバリバリ現役のヤクザで服役中。
文子ちゃんは和歌山から出てきて大阪に身寄りもなく、毎月、周防町にある組事務所に行き、家賃や生活費などのお金をもらっていた。

私は妊婦が組事務所に入る所を想像してみた。
ヘビー。ものすごくヘビー。
(私もなかなかにまともな妊婦ではなかったが。類友ですね。)

文子ちゃんが先に無事男の子を出産し、2ヶ月後にうちのゴンタが産まれた。

私達はベビーカーを押してアクティブにいろいろな所へ遊びに行った。
二人ともタバコ吸いまくるし、ヤンママというやつ。

大国町の文子ちゃんの家に行くと、美味しい料理を作ってくれた。
1Kの部屋はいつも片付いていて、文子ちゃんはシングルマザー(みたいなもんだ)をきちんとこなしていた。

それからお互いいろいろあって、3年ほどで文子ちゃんも私も離婚し、彼女は和歌山の磯の浦の実家に戻る。

二度ほど遊びに行った。家が海から本当にすぐそばで、お母さんとハルキ君と犬と、割と平和に暮らしていたと思う。

なかなか会えないけど、たまに手紙を書いたり電話で話したりは、していた。

が、何があったのかは知らないけど、文子ちゃんは睡眠薬を大量に飲んで救急車で運ばれ、かなり不安定になっていた。
元々、不安定の要素があると私は疑っていたが(ピアス・タトゥー・やくざという理由だけですが。)自殺未遂したんよー、と笑って話す文子ちゃんには、さすがに引いてしまった。

というか、その頃私もかなり不安定な生活をしていて、どうすることもできなかった。

文子ちゃんと最後にまともに話ができたのは、それから2年後くらいだったか。

夜中にむちゃくちゃハイテンションで電話をかけてきて、ハルキを置いて家を出て、今、夜働いてるんよー、と言っていた。
そうなん…としか言えなかった。
私も、経済的にも精神的にもまったく余裕がなかった。

それからどれくらいたった頃か…。
ふと思い出して私から電話をかけたら、文子ちゃんではなく、お母さんが出た。
文子は酔っ払って階段から落ちてなあ、頭打って植物人間になってしもた。人生終わってしもたんよ。というのを聞いたのは、もう30歳になっていたか、なっていなかったか。

そのまた何年後、突然文子ちゃんから着信が鳴り、びっくりして出たら、言語障害そのもので声も前とまるで違ってたけど、文子ちゃんだった。泣いた。

お母さんの話では、文子はずっと寝たきりで意識もなかったのが少しずつ回復してきている、おばちゃんが車椅子を押して移動もできるようになった、でも薬の副作用でぶよぶよに太って、顔も形も前の面影はないから会ったらびっくりするよ、ということだった。
おばちゃんもしんどいわあ、と介護でかなり疲れていた様子だった。

その後も一年か二年に一度くらいのペースで文子ちゃんから電話は鳴った。
チコちゃん元気、チコちゃん会いたい、といつも言っていた。
私は言語障害の彼女の声が、文子ちゃんなのに文子ちゃんだと信じ難く、うれしいけど何を話せばいいのか、難しかった。
昨年の電話では、文子は退院して施設のような所に移ったからぜひ会いに来てあげて、とお母さんに言われた。

私はこれまで電話がかかってくるたびに、和歌山に文子ちゃんに会いに行こうと思った。

けどついに一度も会いに行かなかった。

文子ちゃんは突然、状態が悪化し、施設から病院に運ばれ、あっという間に亡くなったという。

二十歳になった息子のハルキ君は、今、保育士になっているらしい。
(和歌山のチンピラかヤクザになってるんだろうと思っていたが、救われた。)

お葬式には行けないけど、落ち着いたら線香をあげに行く。必ず。

お母さんが二十歳の頃、一人で子供を産み、大国町のマンションで不安を抱えながら一人で頑張って育てていたことを、ハルキ君に伝えようと思う。

それにしても儚すぎる。
森本文子ちゃんのご冥福をお祈りします。






by meruchiko | 2017-02-12 00:00 | 事件 | Comments(0)